2026年2月26日 朝とフラッシュバックと私

「日々の記録」という手書の文字の画像。

朝は、私にとっていつも危険なことが始まる合図だった。

それは、記憶がある限り小さな頃からずっと。



怖いことが起こる。

一人ぼっちにされる。

わからないことを自分だけでこなさなくてはいけない。

みんなからの否定を浴び続ける時間が始まる。



そんな記憶ばかりが積み重なる毎日で、


今もまだ、

トラウマの再体験をしている時間だったと気付く。



そして、

これがフラッシュバックというものだということすら

知らずに生きてきた。



私はいつもこのフラッシュバックのせいで、

毎朝絶望的な気持ちになって目覚めていた。



朝が楽しい1日の始まりだなんて思えなかった。





それを、気にしすぎ、考えすぎ、

努力不足と言われ続けてしまう環境に、


心を削られ続けていただけだった。





愛犬が私の隣で無防備に寝息を立てている。


それを見ているだけで嬉しくなって、

そっと頭を撫でる。




そんな気持ちを感じられる今だからこそ、

やっと理解できることがある。




ただそこにいるだけで、


穏やかな気持ちを

向けてもらえる時間があって良かったはずだったと。




私はいつも、

何かを押し付けられてしまっていた。



たとえば、誰かの物理的な仕事や役割。

たとえば、誰かの処理しきれなかった感情。



私は身近な人に尊重される経験が少なすぎた。



やっとの思いで抜け出して

助けを求めた先や、


今度こそ安心していいと思った場所でも

それは繰り返され、


何度もトラウマを抉られ、

傷は深くなっていくだけだった。





小さな頃から、


断れないタイプでも、

はっきり言えないタイプでもなかった。



だけど、

どれだけはっきり断ったとしても、

私の気持ちを尊重してくれない人が多い環境だった。




ただ、それだけのことだった。





もう誰かの荷物を持つつもりはない。



そう思えた瞬間、


私の心の中に溢れかえって

片付けられずにいると感じていたものたちが、


みんなの心に帰っていったみたいだった。




そこには、ただ広い空間があった。



あんなに重くて苦しかったけど、


私が持つべき荷物なんて一つもなくて、

本当はすごく身軽だったと知った。





朝は、


本当はもっと優しくて、楽しくて、

嬉しい時間だったのかもしれない。




今朝も、

ベッドの中でうずくまって泣きながら、


必死で自分の中の答えを出そうとしている。




本当は、


考える必要も、

答えを出す必要もなくて、



ただ穏やかな空気を

感じていられたら良いはずだけど、



今の私は、まだそうできずにいる。





素敵な朝を感じられる日が訪れますように。



心の中でそう願いながら文章を書いているうちに、

私の近くで鳴り響いていた大きな音が消えた気がした。



雑音が消えた私の世界に聞こえてきたのは、


木々の葉が揺れる音、

小鳥たちの歌声、

水が流れる音や風が吹き抜ける音、

虫たちの音楽。



そんな、

小さくて優しい音が、


私にもやっと届き始めたのかもしれない。


  • URLをコピーしました!
目次