2024年秋頃、自分が持っていた特性にやっと気づけた。
これで、周りに理解してもらえる。改善策、適切な治療法、安心できる環境がやっと手に入るはずだと思った。
だけど、私の環境でそれは叶わなかった。
今も毎日、苦痛と孤立に涙が流れるばかり。今までの44年という長い歳月に浴びせられてきた言葉たちが、勝手に脳内で再生されていく。
それは幾重にも重なって、同時再生される。
誰もが私に同じ言葉、同じ気持ちを投げつけてきた過去があるからだと、頭では理解していても、「今はその時ではない、今は安全だ」そう呟いてみても、涙は止めれず、胸は締め付けられ、体は動かなくなる。
そんな毎日に、体中がいつも筋肉痛のような痛み。寝ている間は特に体が硬直する。それほど危険を感じる体験が積み重なっていたと知る。
どうにもならない現状に行き詰まる。
だからこそ、きっと私と同じように、一人で耐え続けている人がどこかにいるとも感じる。
今の私には、書くことしかできない。この1年半は書くことで生き延びている気がする。特性理解で急に手に入れたスキルは、私が生きるための助けになってくれている。
それなら、そんな自分に、そんな誰かに、少しでも心を緩められるような、安心できるような、そんな文章を書けたらいいんじゃないのか。
そうしたら、私がここに生きていることに少しは意味が見出せるんじゃないか。
そんなことを感じながら、午後になってようやく私の今日が始まる。
私は、誰かに必要とされてみたかったんだと知った。誰かの代わりとか、誰かの影ではなく、私じゃなきゃいけない、私だから必要だと言われてみたかったんだと。
そんな自分や、そんな誰かに、優しい世界を届けられるような文章を書いたり、歌を歌ったりできるようになるといいのにな。
理想を追い続けることは、私にとって生き延びることだった。
きっとこの理想だって、私にとって大切な生きるための力になっているはず。
2026年2月26日 生きる意味が欲しかった私

